
お話の続きです。
色彩治療を学んだ私は、再び治療院を開業しました。
半年も待ってくださっていた患者さんに加え、
新しく来てくださる方も増えていきました。
色彩治療は即効性があるため、
その効果を聞いて遠方から通ってくださる方も
いらっしゃいました。
治療では、脳卒中の後遺症、がん、
慢性的な痛み、尋常性乾癬、サリドマイドによる障がい、ダウン症など、
さまざまな症状の方と関わらせていただきました。
本当に不思議なことですが、多くの方が色彩治療
によって楽になっていくのです。
色彩治療は、「色が持つ周波数」を使った治療です。
周波数は目には見えませんが、
確かに人に影響を与え、
効果があるのだと実感する日々でした。
そんな頃、ハワイで治療院を経営している女性と
知り合いました。
彼女から「開業前に、1週間ほど
ハワイでデモンストレーション治療をしてほしい」
と依頼を受けたのです。
私自身、海外の方にもこの治療が通用するのか
確かめてみたいと思い、
8日ほど彼女が勤めているクリニックと、
ご自身の治療院で治療を行いました。
英語が話せない私でしたが、
彼女の通訳のおかげで現地の方の治療を
することができました。
この経験を通して、私たちは親友となり、
この出会いもまた、私の人生を
大きく変えるものとなりました。
話を徳島に戻します。
色彩治療を新たなメニューとして
治療院を開業したものの、一つ大きな悩みがありました。
それは、治療に使う材料が非常に高価だったことです。
治療を重ねるほど新しい材料が必要になり、
借金は増えていきました。
次第に「治療を続けるために働いている」
ような状態になっていったのです。
それでも、明らかに効果のあるこの治療を
やめたいとは思えませんでした。
そんな中、印象的な出来事がありました。
当時私は、ほぼ毎日のように地元の忌部神社へ
お参りに行っていました。
患者さんが良くなること、そして仕事がうまくいくことを
祈るのが日課だったのです。
ある日、宮司さんの奥様に呼び止められ、
小さな神棚とお札をいただきました。
仕事の合間に白衣のままお参りに行っていたので、
きっと目立っていたのでしょう。
「これをお家でお祀りしてね」と、
無償で授けてくださったのです。
私はその神棚を治療院の壁に取り付け、
自宅でもお祈りをするようになりました。
そして、「この治療を、お金をいただかなくても続けられますように」という願いを書いた紙を、
一緒にお祀りしました。
それからしばらく経ったある日、異業種交流会でこんな誘いを受けました。
「東京から霊能者が来ます。政治家も視ている方ですが、
千晶さんも来ませんか?」
会場は鳴門で、自宅から車で40分以上かかる場所でした。
正直迷いましたが、なぜか断ることができず、
参加することにしました。
当日は待合室があり、一人ずつ順番に霊能者のいる部屋へ通されます。
私の番になり、部屋に入って名前を告げた瞬間、
霊能者は大きく目を見開きました。
「実はね、私はあなたに会うように言われて、ここに来たのよ」
突然の言葉に、私は驚くばかりでした。
彼女は東京出身ですが、
能力が開いたのは屋久島だったそうです。
しかも、4年ほど前に私を屋久島の病院へ
紹介してくれた方のもとで開眼したというのです。
その人に仕事で徳島に行くと告げると、
私のことを話したのだそうです。
(4年ほど前に屋久島の病院で内定していたの
ですが、直前に内定取り消しになっていました。)
でもそこにその事実を知っている人は誰もおらず、
すべてが偶然のように重なった出来事でした。
驚きながらも、私たちはセッションを始めることになりました。
彼女から告げられた言葉は、こうでした。
「あなたはもうすぐ、ある人と出会います。
その人は、あなたにとって強力なサポーターに
なります。」
この不思議な出来事をきっかけに、
私の人生は再び、大きく動き出すことになるのです。
今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます。