
「魂が喜ぶ能力」についてお話ししてきました。
「今の方向性は合っているのか」
「自分の使命は何か」といったご相談は、
本当に多いものです。
人生のどんな状況にあっても、
私たちはやはり
“生まれてきた意味” や “魂の使命”
についての答えを探し続けています。
私は個人セッションで、
相談者の守護霊やご本人とつながって
情報を読み取ります。
そのとき最初に感じ取るのは、
その方の性質と能力です。
ここでいう「能力」は、通常いう“才能”とは少し異なります。
才能と能力の違い
才能は、生まれつきの火種。
能力は、その火をどう燃やしていくか
という“使い方”です。
あるいは、
才能は羅針盤。
能力は、地図と歩き方。
そんなイメージです。
魂は、生まれる前に
「どんな火を、どんなふうに燃やしたいか」
ある程度決めてきていることがわかりました。
いくつもの過去世で積み重ねてきた経験や
才能を、
魂の成長につながる方向へ使っていく力。
それが、私が「魂が喜ぶ能力」と呼んでいるものです。
息子を育てながら気づいたこと
私が息子を育てている時、
マスターから何度も教えられたことがあります。
それは、彼が持って生まれた才能や
性質だけでなく、
過去世で成し遂げたこと
成し遂げられなかったこと、
そしてその才能を次の人生で
どう使っていくのか、
その理由は「普遍的なこと」だということ。
つまり、
魂が求める方向性は、
とてもシンプルで普遍的だ
ということです。
魂が喜ぶ生き方とは
私たちが生きるうえで大切なのは、
持って生まれた才能を、
人との関わりの中でどう活かすかということ。
その才能を
自分の魂が喜ぶ形で使うこと
誰かの喜びにつながる形で使うこと
この二つは実は同じ場所に向かっていています。
「他者の喜びが、自分の喜びになる」
少し変わったセッションがありました。
ある男性の人生に触れたときのことです。
まず見えたのは、貴族社会の時代の過去世でした。
彼はその頃、伯爵として高い地位にあり、権力も財産も手にしていました。
しかし彼は、誰にも心を開くことがありませんでした。
「地位も財産も、誰にも奪わせたくない」
その思いから、人が容易に近づけない湖の真ん中にある孤島を選び、その上に壮麗な城を建てたのです。
城の中心には、大きな自分の肖像画が飾られていました。
自己の象徴であり、同時に孤独の象徴でもありました。
彼は最後まで人を信じることはありませんでした。
孤島の城で、誰に見送られることもなく、
その人生を終えていきました。
そして次に映し出された別の人生は、
一変して激しい戦争の時代。
彼は軍人となり、戦場へ赴く運命にありました。
けれど、彼は戦火に身を投じることを望まず、
険しい山奥へ逃れました。
深い森に囲まれたその場所で、
彼は静かに身を潜め、
一人で生きる道を選びました。
やがて戦争は終わりましたが、彼はその事実に気付くことはありませんでした。
山奥で、誰とも関わらないまま、その一生を終えたのです。
その姿を見たとき、マスターは静かに言いました。
「この人生は、“休息の人生” だったのです。」
誰かと深く関わったわけでない。
大きな学びがあったわけではない。
しかし彼は、ただ静かに休息を経験するためにその人生を選んだのでした。
魂にとって「休む」ということを、人知れず味わった人生。
私たちは人との関わりのなかでこそ、魂を成長し合えるのだと言うことを知ったセッションでした。
今日も長くなりましたがお読みくださりありがとうございます。